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東京高等裁判所 平成8年(ネ)5670号 判決 1997年5月15日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

一  本件は、被控訴人及び第一審被告鳥羽馨、同中村光代らが居住する原判決別紙物件目録記載の一棟の建物である門前仲町東豊エステート(東豊エステート)において、被控訴人が区分所有権を有する専有部分である七〇七号室と第一審被告鳥羽馨(被告鳥羽)が区分所有権を有し、第一審被告中村光代(被告中村)とともに居住する専有部分である六〇七号室は、上下階の関係にあるところ、六〇七号室の天井裏を通っている原判決別紙図面赤線部分の排水管(本件排水管)からの漏水を原因の一つとして、六〇七号室の天井から水漏れ事故が発生したことに関し、被控訴人が、第一審被告ら及び控訴人に対し、本件排水管が東豊エステートの区分所有者全員の共用部分であることの確認を求めると共に、被告鳥羽及び被告中村に対し、水漏れによる損害賠償金二一万六五一六円の支払い債務のないことの確認を求め、控訴人に対しては、被控訴人が排水管の修理費用一二万七二〇〇円の立替払いをしたとしてその求償金及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。

原判決は、被控訴人の請求を全て認容した。これに対し、控訴人から不服申立てがあったのが本件である。

二  そのほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決事実及び理由欄の二ないし四記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決は、本件排水管は、東豊エステートの共用部分に当たると判断したが、法律の解釈を誤ったものである。

原判決は、本件排水管が設置されている六〇七号室の天井裏の部分は、他とは独立した空間で共用部分に当たるとして、共用部分に存在する本件排水管は、共用部分に当たるとしている。しかし、右の天井裏の部分は、天井板で六〇七号室の部屋部分と仕切られているにすぎず、その部屋と独立した空間ではない。したがって、天井裏は六〇七号室の一部である。そして、本件排水管は、六〇七号室という専有部分の中に存在するのであるから、六〇七号室という専有部分の一部である。

仮にこの主張が理由がないとしても、右の天井裏は、七〇七号室の排水管のみが設置されている空間であって、七〇七号室の専有部分である。そして、本件排水管は、このように七〇七号室の専有部分にあって、七〇七号室の専用(すなわち、七〇七号室の排水を流下させる)に供するものであるから、七〇七号室の専有部分である。

このように、本件排水管は、六〇七号室あるいは七〇七号室の専有部分であるから、東豊エステートの共用部分には当たらない。

2 控訴人の管理規約一六条及び一七条は、各区分所有者が給排水設備を新増設及び変更することを予定している。そのことは、各区分所有者が排水管の枝管を支配していること、すなわち枝管が専有部分に属することを前提としているのである。そうすると、右の規約は、枝管を専有部分と定めたものとみるべきである。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、本件排水管は東豊エステートの共用部分に当たり、その旨の確認を求める被控訴人の請求は理由があり、また、本件排水管の修理費用は東豊エステートの全区分所有者の負担で行うべきもので、控訴人の管理規定によると控訴人が修理すべきものであるから、被控訴人が立て替えた修理費用の求償金及びその遅延損害金の支払いを控訴人に求める請求も理由があるものと判断する。

その理由は、次のとおりである。

1 本件排水管の構造

《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件排水管は、七〇七号室の台所、洗面所、風呂及び便所から出る排水を排水本管に流す枝管であり、七〇七号室の床下にあるスラブを貫通して、その直下の六〇七号室の天井裏に配管され、そこから共用部分である本管(たて管)に連結されている。そして、六〇七号室の天井裏において、七〇七号室の隣室である七〇八号室の便所の排水管が戸境壁を貫通して、本件排水管に接続している。その結果、本件排水管は、七〇七号室の排水全部と七〇八号室の便所の排水を本管に流す機能を有している。

(二) 六〇七号室の天井裏は、上部は七〇七号室の床スラブであり、下部は六〇七号室の薄い天井板であり、これらに囲まれた空間である。

(三) 本件排水管の点検、修理は、七〇七号室から行うことは不可能であって、六〇七号室からその天井裏に入って行うこととなる。

2 本件排水管は専有部分か共用部分か。

建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という。)は、区分所有権の目的となる建物については、これを専有部分と共用部分に区分し、共用部分について、その所有関係、使用権の所在、管理の方法及び費用の負担等について、必要な定めをしている。これは、区分所有権の目的となる建物の特殊性を考慮し、建物の維持管理、機能の保全等の見地から、共用部分について民法の共有とは異なる法的取扱いが必要とされることによるものである。したがって、目的物が専有部分か共用部分かを判断するについては、このような法の定める規律を受けるのにふさわしいかどうかを考慮する必要がある。

本件排水管は、建物の付属物であるところ、法二条四項は、専有部分に属しない建物の付属物を共用部分と定めている。すなわち、建物の付属物のうち専有部分に属するもの以外のものを共用部分としている。そこで、本件排水管が専有部分に属するか否かを検討することとするが、この検討に際しては、本件排水管が設置された場所(空間)、本件排水管の機能、本件排水管に対する点検、清掃、修理等の管理の方法、及び建物全体の排水との関連などを、総合的に考慮する必要がある。

(一) まず、本件排水管が設置された場所(空間)は、前記のように六〇七号室の天井裏であるが、その上部の床スラブが建物全体を支える堅固な構造物であり、七〇七号室と六〇七号室との上下の境をなすものであるのに対し、天井板はそのような堅固なものでないことからみて、天井裏の空間は、六〇七号室の専有部分に属するものと解するのが相当である。

(二) 次に、本件排水管の有する機能をみると、本件排水管は、七〇七号室の排水の全部と七〇八号室の排水の一部を排水本管に流すという機能を有するものである。

(三) 本件排水管に対する点検、清掃、修理等の管理という点からみると、本件排水管は六〇七号室の天井裏にあるため、本件排水管を利用して排水を流している七〇七号室又は七〇八号室の所有者又は占有者が、点検、清掃、修理等を行うためには、六〇七号室に入らなければならず、そのためには、六〇七号室の所有者又は占有者の承諾を得なければならない。

(四) さらに、本件排水管と建物全体の排水との関連について考えると、各戸の排水は、枝管を通って本管に流れ込むこととなっているので、枝管を含めてすべての管が統一された形態や材質を有するのでないと、例えば建物全体の排水管を同じ洗剤や道具を用いて同じ方法で洗浄する際に不都合を生じるなど、管理上困難な問題が生じる。また、安全面からいうと、本件のように重層的に各専有部分が配置されている建物の場合には、一箇所の水漏れの影響する範囲が大きくなる可能性があって、枝管の安全性を維持することに複数の区分所有者が共通の利害を持つことがある。このように枝管についても全体的な観点から管理する必要性が大きい。

以上のように、本件排水管は、七〇七号室の排水の全部及び七〇八号室の排水の一部を排水本管に流すという機能を有しており、その点では七〇七号室及び七〇八号室に付属するという一面を有する。しかし、本件排水管の存在する空間は六〇七号室に属しており、場所的には七〇七号室又は七〇八号室の所有者又は占有者の支配管理下にあるということはできず、したがって、その点検、清掃、修理等の管理をするには六〇七号室に立ち入らなければならない。さらに建物全体の排水との関連からいうと、排水本管との一体的な管理が必要である。

このように本件排水管は、特定の区分所有者の専用に供されているのであるが、その所在する場所からみて当該区分所有者の支配管理下にはなく、また、建物全体の排水との関連からみると、排水本管との一体的な管理が必要であるから、これを当該専有部分の区分所有者の専有に属する物として、これをその者の責任で維持管理をさせるのは相当ではない。また、これが存在する空間の属する専有部分の所有者は、これを利用するものではないから、当該所有者の専有に属させる根拠もない。結局、排水管の枝管であって現に特定の区分所有者の専用に供されているものでも、それがその者の専有部分内にないものは、共用部分として、建物全体の排水施設の維持管理、機能の保全という観点から、法の定める規制に従わせることが相当であると判断される。

よって、本件排水管は、専有部分に属しない建物の付属物として、共用部分であるというべきである。

控訴人は、東豊エステートの規約により、排水管の枝管が専有部分とされていると主張するもののようであるが、控訴人の指摘する規約の文言は、各区分所有者の専有部分である給排水設備についての定めをしたものであるにとどまり、法定共用部分であるものを専有部分としたものとは解されない。控訴人のこの点に関する主張は、採用することができない。

3 被控訴人が株式会社富士管工に支払った本件排水管の修理費用の請求について《証拠略》によれば、被控訴人は、株式会社富士管工に本件排水管の修理をさせ、平成七年二月二七日に同社にその代金一二万七二〇〇円を支払ったことが認められる。

そして、《証拠略》によれば、控訴人の管理規約一〇条には、共用部分の修繕は全区分所有者の負担と定められていること、同規約八条二項には、管理組合の運営等については別に定める管理規定によるとされているところ、同規定五条には、共用部分の修理又は取替えに関する業務は管理組合が行うこととされていることが認められるから、本件排水管の修繕費用は控訴人が負担すべきものである。

よって、被控訴人が株式会社富士管工へ支払った修理費用一二万七二〇〇円の支払いを控訴人に求める請求は、理由がある。

二  したがって、被控訴人の控訴人に対する請求を認容した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井 功 裁判官 淺生重機 裁判官 小林登美子)

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